関西外大同窓会

私が教師になりたいって思ったのは、実は大学に入ってからなんです。きっかけは、大学一回生のときの大学祭に来ていただいた、同時通訳者の西山千さんの講演でした。僕が高校生のころ、ちょうどアポロ11号の打ち上げがあって、ケネディ宇宙センターとの交信などが全て同時通訳で日本でも放送されたんです。当時は鳥飼玖美子さんや國弘正雄さん、そして西山千さんという人達が英語界では非常に有名で、同時通訳が脚光を浴びた時代でした。その西山千さんの講演で聞いた、日米の文化の違いや言葉と文化の関係についての話がとても印象的でした。内容のインパクトはもちろんありましたが、何よりも自分が学んできたことを伝えたい、という稀有壮大な気分になったのを覚えています。それから、自分が学んできた英語を通じて文化の違いを広く伝えていきたい、という思いがだんだん強くなってきて、教師になろうと思ったんです。

大学を卒業して、最初は尼崎市内の中学校の教師になりました。ちょうど6年目に異動の話が出たんですが、もともと高校教師になりたかった私は、この機会を利用して高校教師の採用試験を受けなおすことにしました。その夢が叶って高校教師になってからは、色々な学校に行かせていただきましたが、課題やテーマのあるすばらしい学校に出会うことが出来たと感謝しています。帰国子女を積極的に受け入れている学校や、100年以上の歴史のある学校、それから、県下で始めて単位制を採用した学校など、今思うと本当に特徴的なすばらしい学校が多かったですね。今、私のいる宝塚北高等学校には、全国で初めて設置された演劇科という専門学科と普通科の中に、グローバルサイエンスという理系のコースがあるんですが、このコースの生徒達は必ず2年生の時に、2週間の海外研修があるんです。理系こそ、英語が大切であるということを自覚させ、英語で自然科学を理解し、表現出来る力を養おうとしています。

私が教師になったころと今とでは、少し語学に関する学習のあり方とか、そういうものが変わってきていると感じますね。当時は、英語が話せるだけで脚光を浴びる時代でしたが、今は単に語学が出来るというだけで脚光を浴びる時代ではなくなりましたよね。ですから、英語を勉強するなら、もうひとつ上の高い段階を目指さなくてはならなくなってきていると私は思うんです。例えば、今は理系でも英語はものすごく大切ですよね。それこそ英語が出来ないと論文ひとつ書くことが出来ませんから。そういうことから、我が校も理系の生徒達を短期留学に出して、海外で自然科学の講義を受けさせる、というような機会を与えています。もちろん英語の勉強は大切ですが、単なる英語好きで終わるのではなく、英語をどのように活かしていくのか、英語でいったい何をすれば良いのか、今はその辺りまで考えて初めて英語力が活きてくると思います。

私は、今の仕事に就いて本当に良かったと思っています。これからは若い人達にはもっと英語を好きになってもらいたいですし、そのためにも英語を活かしたワンランク上のことが目指せる環境が必要だと思います。

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